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想い出の選手たち~#33畠山和洋~

各チームのそれぞれいる4番打者。
一発長打、ここぞでの一打…それぞれタイプはいるが、中心選手であることに変わりはない。
しかしスワローズの4番を張った男は、献身的な4番という珍しいスタイルを取った。
ノーアウトランナー1,3塁、バックホーム体制をとらない守備体形であれば、簡単にゴロを転がし、自分の打率や打点などを気にせず、チームのための1点を選んだ。
ただ一転、一発が欲しい場面では三振覚悟でヤマを張り、打ち損なうことなくスタンドへ運ぶパワーを見せた。

野武士のような風貌でありながら、名手宮本の守り方を観察し真似てファーストの守りも上手くなり、スワローズの内野陣を締める役割を担った。
練習嫌いといわれながら、晩年は少しでもチームの力になろうと、トレーニングに負荷をかけ故障を起こしてしまった。
それでも泥臭いところを見せず、ファームで汗を流し一軍を目指すしぶとさを見せた。

引退会見では笑いを誘ったが、セレモニーの挨拶では感極まった。
大胆に見えて繊細、強面でありながら心優しき主砲は、ボロボロの身体に担いだグリップのない独特のバットを置いた。
華やかな本塁打も、あえてゴロを打ちに行く姿もともに4番畠山の姿。
どちらもチームへの献身を体現していたものだ。
そんな4番がスワローズにいたことを、忘れずにいたい。
記録は単年でしか残せなかったが、チームへの愛情を言葉や普段の練習風景ではなく、打撃で見せた記憶に残る4番だった。

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想い出の選手たち~#60三輪正義~

戸田での引退セレモニーを終えた三輪は、草の生えた土手を娘とともに上がっていった。
それはリアルなフィールドオブドリームを見せてくれたような姿だった。

神宮での引退セレモニー、前日には畠山と館山の引退試合が行われている。
館山は先発をしてひとり、そして畠山は一打席、最後の雄姿を見せた。
しかし突然決まったとはいえ、登録メンバーの中に三輪の名前はなかった。

スワローズが守りの時は、守備コーチのそばに座り、攻撃時にはベンチのカメラマン席に位置を変え、けっして座ることがない。
そして外野手とのキャッチボールでは、ベンチに若手がいても譲らず、グラブをもってグラウンドへ出ていた。
終盤になれば、監督の背後、ベンチ裏から状況を時折みるために、小さな体を目一杯伸ばしていた。
アピールではない。
自分の出番がどこなのか…ベンチやグラウンドに出てくるすべてのことが三輪にとっての準備なのだ。

だからこそごくまれに得られた打席で、必ず決めなければならないバントをしっかりと決められた。
終盤の守備固めでも、試合中のコーチの指示、相手打者の観察をしているからこそ、どこでも守れるのだ。
準備だけではない。
三輪は観察することで、どんな場面でも、役割がどうでも、仕事を果たせたのだ。
ただ三輪のような選手は、チームが勝利を目指す位置にいなければ、自分の個性を活かせない選手だった。
順位とともに三輪の出場数は変わっていく。

2019年スワローズは4月まで上位争いをしながらも、5月に急降下。
ファームの試合に出場し続けながらも、声がかかることはなかった。
そんな年に引退を決断。
そして用意されたのが、引退セレモニーの日だった。

出場機会を得ることは可能だったのかもしれない。
しかし三輪にとっての神宮は、あくまでも一軍の資格をもつ選手が立つ舞台であり、今季そこへ立つことがなかった自分にとってのホームではなかった。
いくらファンが望んでも、最後のプレーを神宮で見せる気はなかったのだろう。
小さい体で憧れ続けたプロの一軍の舞台。
一軍の選手として立つという夢が叶えてくれた神宮の舞台だからこそ、三輪は大切な場所と意識していたはずだ。

ただ野球の神様は見ていた。
勝負の世界にいる人は、神様を信じる。
信仰ではない。
そのスポーツを司る神を信じているのだ。
しかし神様は、努力したものにしかギフトを贈らないことも知っている。

三輪の努力を神様は認めた。
だからこそ雨の降る日に、三輪の引退セレモニーが行われるよう仕組んだ。
試合でのプレーを拒んだ三輪に、得意とした雨の中でのグラウンドのパフォーマンスの舞台を与えた。
前日に較べれば、雨が降ったこともあり、スタンドは寂しくなっていた。
ただ道化を必死に演じた選手に、ふさわしい場を与えたのだ。

チームが暗く沈むとき、三輪は時にいじられながら周囲のムードを変えた。
バレンティンが一年目の時、まだチームに馴染んでいなかった2011年、キャッチボールで受けたボールが痛いという仕草をして、コミュニケーションをとっていたことを知っている。
チームがいい雰囲気でいることを、誰よりも望んだ選手だ。
その明るさに救われた選手がどれだけいただろうか?
そして笑いを呼ぶベンチでの姿だけでなく、バントの打席で鬼気迫る姿を見せる三輪に、どれだけ心を打たれ見本とした選手がいただろうか?

イースタンの最終戦、三輪はセカンドでフル出場し戸田で最後のプレーを見せた。
堂々と自分を一軍に押し上げてくれた二軍の本拠地で、感謝を込めてプレーをした。
一軍、二軍どちらでもセレモニーが行われる選手は少ない。
そしてその両方で笑いを誘った選手もいない。

努力と観察力、そして自分がどうしたらプロで生き抜けるかを考え続けた。
4番とエースは作れない、獲ってくるしかないというが、三輪のような選手こそ育てようがない。
誰もが主役になりたがる世界で、脇役どころか端役でもいい…そんな覚悟をもった選手。
そんな選手こそ育てることできない。
プロ全球団の中でも、貴重な存在だった。

プロになりたくて、隙間を見つけて入り込み、自分の居場所を必死に守り通した野球人生だった。
プロ野球選手になれただけで夢を叶えたと思うのではなく、立ち止まることなく走り続けた、夢を継続させた選手だった。
チームメイトもファンも、そして野球の神様さえも味方にした三輪は夢を抱え続け、力がなくなったところで静かに置いた。
プロとして、夢を叶えた人として、こんなに潔さは見たことがない。

もし三輪が涙を流すとしたら、ひとりになった時だろう。
ただその涙は、無念で流れるものではない。
夢の中にい続けられたことを誇りに思う、喜びと自分を褒めるためのものだったはずだ。

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想い出の選手たち~#25館山昌平~

左肩にグラブをつけてサインをのぞく、背番号25の背中をまだ見ていたかった。
指先から離れた球の力強さを見て、まだ投げられると思った。
ただそんな思いを断ち切るように、「力がなくなり引退できる」と笑顔を浮かべていた。
目一杯やった…悔しさよりも、達成感をもって引退できる選手がどれだけいるだろうか?
それぐらい彼の野球人生は、傷だらけだった。

努力だけではない。
勝つために、チームを助けるために、ボロボロになった右腕。
その傷の見返りとして、得た勝利は85。
野球史に残るような数字ではないかもしれない。
ただ記憶の中に、何度も神宮へ戻ってきた姿が焼き付いている。
最後の最後まで、戸田で若手に混ざって一軍を目指し続けた姿が残っている。

悲鳴を上げ続ける右腕をなだめながら、マウンドで自分の力以上の球を求め続けた背中。
後ろを見るのではなく、背番号19を追うために必死に前へ足を伸ばしていたから、マウンドでは常に堂々と真っ向勝負ができたのだろう。
逃げる臆病者ではなく、追う勇者だった。

不死鳥の投手と呼ばれ数々の奇跡を見せてきた。
ただ本当の姿は、常に自分の目の前に立ちはだかる壁に向かっていく不屈の投手だったのだろう。

もし悔いがあるとしたら、勝ち星が伸びなかったことより、背番号19に追いつけなかったという思いだけなのかもしれない。
ただ何度倒れても、何度壁にぶち当たり傷ついても、背番号19を追い続ける背中。
そんな背番号25は、ファンが愛すべき価値のあるものだった。

マウンドでの記憶を失敗ばかりだったという。
しかしファンの脳裏に残るのは、立ち向かい、相手を牛耳り、堂々と勝利をもぎ取る姿であり、痛んでも決して右腕を離さなかった勝利への執念だ。

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~想い出の選手たち~#8武内晋一

期待を裏切ったのではない。
期待に応えようとしたために、自らの野球人生が狂ったような選手だった。

高校生としては抜けた打力、黄金期の早稲田の主軸、そしてドラフト1位…。
ファンの期待が高まるのは当然だった。
ただ球団とファンが求めたものと、もともと持っていた彼の打撃スタイルにはズレがあった。

本来の彼の打撃は、ラインドライブ。
センターを中心に広角へ打ち返すものだった。
しかしチームが求めたのは長距離砲。
背番号8はその期待の象徴だった。

それでも自分のスタイルを貫けば良かったのかもしれない。
ただ彼はスタイルより期待に応えようとした。
ライバルが外国人選手となることの多いファーストというポジションがそうさせたのか?
いや、彼の性格なのだろう。

なんとか打球を飛ばすスタイルを身につけようと、胸板は厚くなっていき、スイングは毎年のように変わった。
期待は落胆となり、グラウンドでスタンドからの罵声を浴びることもあった。
それでもそんなファンの声に言い返すのではなく、求めるスタイルに応えようとした。

しかし期待通りだったところもあった。
ファーストの守りだ。
「捕っていればいい」ファーストをそういう人がいる。
そんな簡単なものではない。
ゴロを捕り、すぐに投げる野手の球は微妙に変化することが多い。
それをいとも簡単に、ハーフバウンドさえも容易く彼は処理した。
ただファーストの守りが注目されることは少ない。
やはり打つことでアピールしようと、13年間彼は苦しんだ。

引退を覚悟しながら臨んだ2018年。
見た目にも細くなった身体で、練習試合一発を放った。
今季は違う、そう思わせるような打撃だった。
しかし13年間いじめ続けたことが、年齢が、故障を起こし彼を追い詰めた。

それでもCS争いの中、弾丸ライナーの一発を放ち、チームを奇跡的な逆転に導いた。
自信のあった守りのミスの4日後だった。
次の日には、狙っても打てないような内野安打を放った。
それもチームの逆転のきっかけとなった。
自分の一打をきっかけにベンチで見せた彼の笑顔は、これまでに見たこともないようなものだった。
もしかすると、この時期にはすでに引退を決めていたのかもしれない。

守備の名手として彼はスワローズに足跡を残した。
現役時代の22本塁打は、期待通りではなかったかもしれない。
しかしそのどれもが美しい弾道を描いてスタンドへ飛び込んでいった。

有終の美、数字だけならそうは言えないかもしれない。
ただ彼の一打が大逆転を生んだのは、偶然とは思えない。
成績ではない、選手会長としての人望、彼の仕事を意味のあるものにしようとした他の選手の想いだったように感じる。
2018年14打数4安打1本塁打3打点。
平凡ともいえない数字だ。
しかし中身の濃い打席が多かった。


現役最後の試合は、5番ファーストでのスタメン。
4打席目のセカンドゴロ。
彼が最も輝いた甲子園で、大事に守ったファーストベースへ向かって全力疾走した。

彼なりに全力を尽くしたプロ野球人生。
その終わり方への思いは、彼の胸の中にしかない。
全力疾走の姿で見せた、彼の野球への真摯な向き合い方は、最後の凡打にあった。
思い出せないようなセカンドゴロでの1塁への全力疾走。
華やかな入団と静かな去り際。
それが彼の選んだ引退試合だった。

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~想い出の選手たち~#7 #67 田中浩康

彼のプレーを見ると、なぜか切なさを感じた。
セカンドの名手だった。
だが上手い選手ではあったが、華麗なプレーをするタイプではなかった。
経歴を見れば、エリートコースだ。
ただ彼のプレーは泥臭かった。

チームへの思いを感じる選手だった。
それが消極的なプレーに映ることがあった。
本来はもっと能力の高い選手だったように思える。
瞬間的な打球への反応、打つしかない追い詰められた場面での巧打に、それが垣間見られた。

しかし彼はチームへの献身を選んだ。
たとえ消極的なプレーに見えても、そこには「チームのため」という思いが込められていた。
犠打の数302が、そこに表れている。

神宮ではファンも大切にする選手だった。
こぶし球場からクラブハウスに移動する自転車、ファンの前でスピードを緩め、声をかけやすくし、サインに出来るだけ応えようとする姿を何度も見た。

彼が自分の野球選手としてのスタイルとして選んだのは、貢献よりも献身だった。
それに苦言を呈する人もいた。
ただ彼はそれを貫いた。
チームを愛し、迷惑を掛けることを拒んだ。

用意すると言われた引退試合、CS争うチームへの配慮からやはり彼は拒んだ。
外様だからではない。
それが貫き通した彼の野球道だからなのだろう。

一人の天才の登場で、グラウンドからベンチにポジションが映っても腐らず、泥にまみれて練習し、いつチャンスが来ても出来るように準備を欠かさなかった。
勝負を挑み、敗れ、移籍してもそのスタイルは変わらなかった。

腐ることのない姿。
我を通すよりチームのためのプレースタイル。
そのすべてはファンの記憶の中で愛され続けている。
チームへの献身。
ファンへの感謝。
彼の能力が野球ですべて活かされたとは思えない。
ただ彼の思いは、グラウンドで、神宮で、横浜で表現された。

我慢と悔しさの連続した野球人生だったかもしれない。
それでも彼は自分の貫いたプロ野球選手としてのスタイルには、悔いを残していないだろう。
そんなもんじゃないだろう…という切なさを感じさせるプレー。
チームへの献身を果たすことへの執念に似た姿。
相反する視線を受けながら、それでも愛され続けた不思議さをもつ、堅実で泥臭いプレーヤーだった。

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