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想い出の選手たち~若松勉~

スワローズファンが喜びの秋を迎えた2001年、お立ち台に立った男は照れくさそうに言った。
「ファンの皆様・・・あの・・・本当におめでとうございます」
笑いの起こったスタンドを、気まずそうにしかし笑顔で見た男。
スワローズ生え抜き監督初の優勝。
それを達成したのは、成績とともに、ファンを選手を周囲を誰よりも大切したことで、「ミスタースワローズ」と呼ばれた若松勉だった。

「小さな大打者」
そう呼ばれた若松は、弱小チームの中で打ちまくった。
プロ入り2年目に背番号1を背負った若松は、首位打者を獲得。
一流選手の仲間入りをしたが、チームは万年Bクラス。
だからといってわがままな打者ではない。
チームの勝利に貢献した選手だった。
ただ若松に較べ、他の選手が劣っていただけだ。

それでもそんな弱小チームを応援するファンはいた。
若松は出待ちをしているファンにわかるように車を出し、手を上げて応えてから球場を後にした。
こういうところが、ファンに愛された理由だろう。

チームのために打ち続ける若松。
「勝ちたい」その思いがもっとも強かった選手であったと思う。
それは弱くても応援してくれるファンに応えたい、その気持ちがあったからだろう。
そしてついにその願いが叶うときが来る。
広岡監督を迎えて前年2位だったスワローズは、若松、大杉、マニエルの強力クリンナップに、ヒルトン、船田の1、2番といった打線が、エース松岡、安田、鈴木康の投手陣を支え、78年念願の初優勝を遂げる。
1?5番までを打った打者の中で、生え抜きは若松1人。
チームを引っ張り続けた若松は、スワローズ初のシーズンMVPを獲得する。

しかし次の年すぐにスワローズは元の弱小チームに戻ってしまう。
責任を取り退団を決めた広岡監督に、電話口で泣きながら「辞めないでください」と引き止めたのは若松だけだったと言う。
それだけ勝たしてくれた監督に対しての恩を感じ、また勝ちたいと言う思いが強かったのだろう。

若松の生涯打率は.319。
1年で3割を打つだけでも大変なプロの世界で、19年でこの数字は驚きの数字だ。
オールスターのときの打撃練習で、あの長嶋が驚いたと言う。
すべての球を芯で捉え、ヒットコースへ運んでいく。
脅威のバットコントロールを持っていたということだ。

若松は解説の席で「レベルスイング」をよく口にするが、画面上で見ると彼のスイングはそうは見えない。
ちょうど横から見るとVの字を作っているように見える。
まずバットが立って出て最短で捉えると、小さな体に似合わない大きなフォロースイングをする。
これだからあの小さな体で、ホームランも打てたのだろう。
8年連続二桁本塁打、3打席連続本塁打、2試合連続代打サヨナラホームランなどの記録も持っている。
安打製造機のイメージは強いが、勝負強さも光った打者だった。
この記録を見れば、数少ない弱小チームの勝利にいかに貢献したかもわかるだろう。

そんな若松にも引退の時は来た。
その記者会見の席上、娘のエピソードを語り出したとき、涙で声がつまった。

先日4選手の引退試合が行なわれた神宮の解説ブースに若松の姿はあった。
度会の打席。
コメントを求められた若松は、突然声をつまらせた。

若松の涙はつねに誰かのために流れる。

今スワローズの背番号1は空き番。
成績だけではなく、そのファンを愛し仲間を大事にし、チームを思うその志を継げる選手がいつ現れるだろうか。
池山を岩村を、温かくときに厳しく見守った若松が、一番その出現を待っているだろう。

「思いやり」そんな個性を持っためずらしい名選手だった。


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